カンボジア医療観察レポート
カンボジア医療視察
古矢丈雄 (千葉大学整形外科)
本法人、国際頚椎学会日本機構 (JCSS)のプロジェクトとして2019年2月20日~25日の日程でカンボジアにおける脊椎脊髄病領域の医療視察に行って参りましたので報告いたします。
さかのぼること2年前、2017年に神戸で開催された国際頚椎学会アジア・パシフィックミーティング (CSRS-AP)の特別企画として、東南・南アジア各国の脊椎脊髄外科医がそれぞれの国の医療情勢、脊椎脊髄病診療に関するオーバービューを行うセッションがありました。当時カンボジアからも発表があり、登壇されたIv Vycheth教授と学会会長でありました神戸労災病院院長の鷲見正敏先生の話し合いで相互交流を行うこととなりました。2018 年春に第一回目の交流がもたれ、今回は2回目の日本からの使節団派遣となりました。
メンバーは鷲見正敏先生、東北医科薬科大学整形外科小澤浩司教授、名古屋市立大学整形外科水谷潤准教授と私の4名でした。重鎮先生3名に一兵卒1名という組み合わせで、少々緊張の中での出発となりました。この度、我々4人に課せられたミッションは、①現地での第2回合同研究会の開催、②カンボジア・CSRS日本機構間での覚書の締結、③日本への若手カンボジア医師の短期臨床留学受け入れ準備でありました。
首都プノンペンは私の予想を超え近代化が進んでおりました。車の往来も多く、他のアジアの国々同様、交通渋滞が大きな問題となっておりました。カンボジアでは多くの日本車が活躍しており、一番目につきました車はトヨタ レクサスのSUVでした。
カンボジアの推定人口は1500万人とされておりますが、山岳地域には平野部とは隔離された生活を営む部族もまだまだあるようです。はっきりとした人口は分かっておらず、今後大規模な国勢調査が予定されているとのことでした。医療保険は民間保険があるようですが、加入にはそれなりの金額が必要で一般庶民の加入率はあまり高くありません。国内各地には外国の非営利団体や個人支援によって建築・維持されている病院があり、無償で医療が受けられる病院もありました。無償の病院は特に産科病院や小児病院が多いようでした。無償の病院も食費は自己負担です。病院の前には食べ物を売る露店が多く出店しておりました。
訪問したPreah Kossamak病院も比較的しっかりとした外観でした。カンボジアの主要な総合病院は首都プノンペンに3つあるようで、Kossamak病院はその1つです。こちらは前述のIv教授の勤務先の病院であります。Iv教授は脳神経外科医です。この国では脊椎脊髄病学は脳神経外科が担当しております。整形外科は四肢外傷、四肢運動器変性疾患の治療に忙しく、脊椎を診療する余裕はないようでした。
カンボジアは民主カンプチア政府 (ポル・ポト政権)時代の文化人・知識人の大量虐殺により1980年初頭では、医師は全土で15名ほどとなってしまったという暗い過去を持っております。そこから40年かけての再建の歴史でありますが、その後も内戦や紛争は続き、我々平和の中で生きる現代日本人には想像できないような過酷な環境下での医療であったと思います。現在脊椎脊髄病学の比較的しっかりとした知識があり、頚椎疾患を専門家として診ることのできる医師はカンボジア国内でIv教授のみのようです。現在Iv教授の門下生は20名ほどおり、近い将来、彼らがこの国の脊椎脊髄病学の発展の礎を築いてくれることとなると思います。この度の我々のプロジェクトも、他の東南アジア・南アジア諸国よりも医療環境整備が遅れているカンボジアに何かサポートができないか、という気持ちから始まったものであります。
ミッション① 第2回合同研究会の開催 (写真1-3)
研究会は2日間の日程で開催されました。初日は模擬骨を用いたハンズオンセミナー、2日目が講演会形式で多くのdiscussionを行いました。ハンズオンセミナーでは、頚椎後方、頚椎前方、腰椎後方インストゥルメンテーション、脊椎内視鏡手術手技を勉強しました。我々4人は講師役を務めさせていただきました。頚椎については (Iv教授が脳神経外科医だからでしょうか)前方法が得意のようでした。脊椎を始めたばかりの若手は前方プレート固定の手術手技に興味があるようでした。少し臨床経験のある中堅医師は普段はあまり目にしない後方インストゥルメンテーション手術に興味があるようでした。最初は恥ずかしがっていた参加者も、テーブルを回るうちに徐々に積極的となり、実臨床に基づいた質問を多くいただきました。
2日目はカンボジア、マレーシア、日本からの医師による学会形式の研究発表の機会を持ちました。各発表には20分と比較的長めの時間が取られました。また、質疑応答の時間もゆとりのあるスケジュールで、1つ1つの演題に対し大変活発な議論が取り交わされました。私は2つのセッションの座長と、椎弓形成術と頚椎後方除圧固定術についての2つの演題を講演する機会をいただきました。特に椎弓形成術は彼ら若手医師にとってもとっつきやすいテーマであったようで、多くの質問をいただきました。
現地医師とのdiscussionや病院見学を通じ感じることは、やはり日本は恵まれた環境下にあるのだということであります。例えば画像診断において、国内有数の同病院ですら院内にMRIは無く、どうしても必要な場合に限り他の病院に依頼して撮像しているとのことでした。また椎弓切除・形成術の際に用いるHigh speed burrのダイヤモンドの刃はないとのことでした。厳しいハード環境での診療に我々一同びっくり致しました。
発表で印象的だったことは、現地先生の発表の多くは患者の術後フォローができていないことでした。交通事情、経済的事情などにより、おそらく遠方からの患者は退院後、病院を再来するということは難しいのだろうと想像しました。また、話は変わりますが彼らは英語に加えフランス語に堪能でした。発表スライドは一部フランス語が混じっており、この点は面白く感じました。
会全体を通して感じたことは、やはり日本の若い医師同様、こちらの若手も手術手技にとかく目が向きがちですが、診断学もまだまだ未熟であるという点であります。手術手技指導だけでなく、診断法、治療戦略の立て方、手術適応などについても今後の交流を通じ現地でも取り入れることのできそうな日本の良い点を伝授できればよいと思いました。
ミッション② カンボジア・CSRS日本機構間での覚書の締結 (写真4)
こちらも学会2日目の晩餐会の席で無事調印が行われました。末永くこの交流が続くことを願っております。
ミッション③ カンボジアからの日本への若手医師の短期臨床留学受け入れ準備 (写真5, 6)
今回の訪問を通じ、私はアジアの若手医師の「学ぶ」ことへの貪欲さに触れることができました。多くの若者が研究会、懇親会いつでも積極的に日本のこと、脊椎脊髄病学のことなど、いろいろと質問していただけたことは、私は大変嬉しく感じました。彼らの積極的な姿勢は、不完全な術前画像資料、恵まれない設備や手術器具での手術という環境においても「患者を治す」という目標に向かって日々取り組んでいる強い意志を感じ取りました。今後、意欲的な若手医師を短期間日本の施設で受け入れて学んでいただく機会を作る方向で動いております。今回はIv教授より事前に候補生を2名選出していただいており、訪問中に本人と面談して参りました。おそらく今秋に彼ら一期生の受け入れを行うこととなるかと思います。今回は東北医科薬科大と神戸労災病院を中心に回っていただく予定となっております。
欧米へ留学し、学ぶことはもちろん大切ですが、私はアジアの仲間を増やし、アジアの医師の日本のファンを増やすことも大切と考えております。彼らとの交流は自身の診療へのフィードバックとしても大変よい体験となります。
最後になりますが、私のような駆け出しの脊椎外科医を使節団の一員に抜擢くださった三原久範先生、鷲見正敏先生をはじめとする本法人の幹部先生に深謝いたします。
写真1 Kossamak病院の玄関にて。研究会の横断幕を作っていただいて歓迎を受けました。向かって左から2番目よりIv教授、古矢、鷲見先生、水谷先生、小澤先生
写真2、3 研究会にて。現地の若手医師の熱意が伝わってくる会でした。
写真4 覚書の締結。Iv教授と鷲見先生の間で今後の相互交流に関する覚書が交わされました。左より鷲見先生、Iv教授
写真5 現地若手医師の招へい。本法人のバックアップにより2019年秋にカンボジア若手脊椎外科医の視察を受け入れる予定です。鷲見先生(左端)、古矢(右端)
写真6 懇親会にて。