カンボジア交流事業
カンボジア交流事業(2026)初日報告
2026年2月5日から6日にかけて、カンボジア・プノンペンにおいて、頚椎領域を中心とした手術支援ならびに教育研修セミナー、手術手技ワークショップを実施いたしました。本交流事業は、国際頚椎学会日本機構(CSRS-J)アジアパシフィック交流委員会が継続的に行ってきた国際支援活動の一つです。COVID-19流行の影響により、2019年以降は現地での直接的な交流・支援が中断しておりましたが、2024年に再開され、本年も無事に継続することができました。本年は、湯川泰紹先生(名古屋共立病院)、古矢丈雄先生(千葉市立海浜病院)、加藤壯先生(東京大学)、玉井孝司(大阪公立大学)の4名が現地を訪問し、手術支援および教育活動を行いました。

初日である2月5日は手術支援日として、2施設に分かれて活動を行いました。古矢・玉井組は、Khmer-Soviet Friendship Hospitalにおいて、受傷後約2か月を経過した陳旧性ハングマン骨折症例に対し、前方後方同時固定術を実施しました。手術に先立ち、脊椎カリエス症例や単純な腰部脊柱管狭窄症による下肢痛症例などについて、診断および手術計画に関する討論を行い、現地医師との活発な意見交換がなされました。医学生が緊張した面持ちで症例プレゼンテーションを行い、これに対して実際に診療を担当している指導医が補足説明を加える形で討論が進められ、教育的側面においても有意義な時間となりました。手術症例は高度な転位を伴っており、整復には難渋しましたが、執刀医である若手のDr. Chor Vannaroth(Cambodian Neurosurgery Associationからのフェロー第1期生)は、終始安定した手術手技を示しておりました。前方手術は古矢先生が、後方手術は玉井がサポートし、いずれも円滑に進行しました。特に後方手術では、椎弓根スクリュー、外側塊スクリュー、C1スクリュー(Tan法)などを、助言のもと的確に実施しており、技術の成熟が強く印象づけられました。手術機器については、ハイスピードバー、透視装置、顕微鏡、スクリューシステム一式が整備されていましたが、一方で筋鈎のサイズ不足や適切な開創器が揃っていないなど、基本的器具に関する課題も感じられました。

一方、湯川・加藤組は、Calmette Hospitalでの支援を行いました。今年度の本交流事業主催校であるCalmette Hospitalはカンボジアとフランス政府によって設立された公立病院です。国の威信をかけた設備投資が行われ、プノンペンの基幹病院と言える近代的な施設ですが、貧困層への医療の提供も無償で行っているとのことでした。同様に朝の症例検討会から始まり、手術室ではC7カリエスによる後弯症例に対し、C7コルペクトミーおよび前方固定術を実施しました。本症例では加藤先生が現地医師を指導しながら執刀を行いました。内視鏡、ナビゲーションを所有するなど、高価なハード面は充実しつつあるようですが、基本的な手術器具の種類不足や医療スタッフの脊椎手術への慣れなど、ソフト面の強化が課題に感じられました。またインプラントは富裕層からの寄付で中国製の物などを輸入しているとのことでしたが、明らかに圧倒的に不足していました。現地では変性疾患への関心もみられましたが、依然として外傷や脊椎カリエスなどの感染性疾患が脊椎外科診療における重要な課題であることが改めて確認されました。以上のように、初日は手術支援を通じて現地医師の高い技術力を確認するとともに、今後の教育体制および医療環境整備に向けた課題を共有する、非常に有意義な一日となりました。

2日目の2月6日は、「The 9th Cambodia–Japan International Seminar on Cervical Spine Surgery」と題し、講義形式の教育セミナーおよび手術手技に関するハンズオンセッションを実施しました。本セミナーは、カンボジアと日本の脊椎外科医が知識と技術を共有することを目的として企画され、多くの現地医師、研修医、医学生が参加しました。
セミナーに先立ち、開催校であるCalmette Hospitalにおいて地元TV局の取材の元、開会セレモニーが行われました。セレモニーには病院長であるDr. Vou Sopheak Reaksmeyをはじめとする病院幹部、関係者が出席し、本交流事業の継続的な意義や、日カンボジア間の医療・教育協力に対する期待が述べられました。また日本側からも今回の医療支援チームを代表して湯川先生より挨拶そして本交流事業の経緯・歴史の説明、そして日本側参加者の紹介を頂きました。両国の友好関係を再確認する厳かな雰囲気の中で、セミナーが正式に開始されました。


午前は講義形式のセミナーが行われ、湯川先生をはじめとする日本側講師と、カンボジア側指導医がモデレーターを務めました。湯川先生は、頚椎後方固定手技、ならびに頚椎後縦靱帯骨化症に対する手術戦略について講義を行い、基本的概念から実臨床での意思決定までを体系的に解説しました。続いて玉井が、頚椎椎弓形成術の手技および腰部脊柱管狭窄症に対する除圧手術の考え方について講義を行い、解剖学的理解と低侵襲手技の重要性を強調しました。加藤先生は、成人脊柱変形に対する手術適応と術式選択、ならびに脊椎転移性腫瘍に対する診断および手術適応について講義を行い、包括的な治療戦略と多職種連携の重要性について説明しました。各講義後に設けられた質疑応答の時間では、脊椎転移、成人脊柱変形、頚椎固定法の実際など、実臨床に即した具体的なテーマについて多くの質問が寄せられました。若手医師から経験豊富な指導医まで積極的に発言があり、会場は終始熱気に包まれていました。限られた時間内でもなお質問が尽きない様子から、カンボジア側医師の学習意欲と脊椎外科に対する高い関心の高さが強く感じられ、本交流事業の意義を改めて実感する場面となりました。

後半のセッションでは、古矢先生が頚髄症に対する手術適応と術式選択について講義し、さらに脊髄損傷に対する急性期管理およびハローベストの適応と使用法について実践的な内容を提供しました。また、カンボジア側からも症例報告や教育的講演が行われ、C1–C3腫瘍症例の報告、頚椎外傷に対する外側塊スクリュー固定の臨床経験、内視鏡下後方頚椎除圧術のラーニングカーブなどが紹介されました。さらに、2025年にCambodian Neurosurgery Associationのフェローとして来日したDr. Sam Sathyaより、日本における2か月間の脊椎外科フェローシッププログラムについての紹介が行われました。本プログラムは、単なる短期研修にとどまらず、日本の脊椎外科診療・教育の現場を直接体験し、手術手技のみならず診療姿勢やチーム医療の在り方を共有することを目的とした、極めて重要な人的交流事業です。実際にプログラムを修了したフェロー自身の言葉を通じて、その教育的価値と臨床的意義が具体的に示され、会場の関心を大きく集めました。本フェローシップは、本交流事業の中核を成す取り組みの一つであり、今後も継続・発展させることで、カンボジアにおける脊椎外科医育成と両国の長期的パートナーシップ構築に大きく寄与するものと考えられます。
午後のハンズオンセッションでは、頚椎後方固定(湯川先生担当)、頚椎前方除圧固定術(加藤先生担当)、腰椎固定およびHalo-Vest固定(古矢先生担当)、頚椎椎弓形成術(玉井担当)の4班に分かれ、1セッション30分の実習を4回ローテーション形式で行いました。各セッションでは、実際の手術手技を想定しながら、器具の取り扱い、解剖学的ランドマークの確認、トラブルシューティングに至るまで、極めて実践的な指導が行われました。参加者は、若手レジデントから、すでに脊椎手術を日常的に執刀している現地医師まで幅広く、各ブースでは活発な質問やディスカッションが行われ、大変な盛況を呈しました。限られた時間の中でも、参加者が繰り返し手技を確認しようとする姿勢が随所に見られ、実技教育に対する高い意欲が強く印象づけられました。特にHalo-Vest固定のセッションでは、直前の講義において適応や装着時の注意点、合併症回避のポイントについて事前に解説を行ったうえで、本ハンズオンでは実際の装着手順をシミュレーション形式で体験していただきました。頭蓋ピンの位置決めや締結トルクの考え方、体幹固定とのバランスなど、細かな点についても一つ一つ確認しながら進めることで、参加者の理解は大きく深まりました。本セッションを通じて、現地医師がHalo-Vestの使用法を具体的に理解し、今後は実際の臨床現場において患者へ適切に適応していく段階に入ったことが強く実感されました。




本年度のカンボジア交流事業を通じて、これまで継続してきた手術支援および教育活動が、確実に現地の脊椎外科診療の質向上につながっていることを強く実感しました。実際の手術支援においては、若手医師が安定した手技で難易度の高い症例に対応し、講義・質疑応答・ハンズオンでは、疾患理解や術式選択、固定手技の細部に至るまで、極めて実践的な議論が行われました。これは、単発の支援ではなく、長年にわたり積み重ねてきた教育的介入の成果であると考えられます。一方で、今後取り組むべき課題もより明確となりました。感染性疾患や外傷が依然として脊椎外科診療の大きな比重を占める一方で、変性疾患、脊柱変形、悪性腫瘍骨転移など、より多様な病態への対応が求められる段階に入りつつあります。また、基本的手術器具の整備や、症例検討を含めた診療プロセス全体の標準化など、医療環境面での課題も引き続き存在します。
今後は、現地での短期間の活動に加え、事前の症例検討や治療戦略の共有、フェローシッププログラムを核とした人的交流をさらに発展させることで、現地医師が自立して高度な脊椎外科診療を担える体制構築を支援していくことが重要であると考えられます。本交流事業は、単なる技術移転にとどまらず、次世代の脊椎外科医を育成し、長期的な信頼関係を築くことを目的とした取り組みであり、今後もCSRS-Jとして大切に継続していきたい事業です。最後になりますが、本交流事業の実施にあたり多大なるご支援を賜りました関係各位に、心より御礼申し上げます。本事業が、日カンボジア両国の脊椎外科医療の発展に寄与し続けることを願っております。

